日本が高齢化社会に突入し、私たちの身近な問題として『介護』が大きな領分を占めるようになりました。
避けて通れないこの問題とこれからどう付き合うのか。介護する側、される側として、どうすれば幸せに生きられるのか。
今回は、ケアのルーツを学び、その理論と実践の両側から探ることにより、「より良い介護とは何か?」そのあり方についての講演を行いました。
日時:9月5日(土) 13:30~15:00
場所:北國新聞会館20階ホール
講師:黒田しづえ氏(金城大学 社会福祉学部教授)
学歴:国立大阪病院附属看護学校、
佛教大学社会福祉学部
大阪人間科学大学 人間科学研究科 社会福祉専攻
資格:看護師、介護支援専門員
職歴:国立大阪病院(現・独立行政法人国立病院機構大阪医療センター)看護師
花園大学社会福祉学部 講師、神戸女子短期大学社会福祉学部 講師
高知県立大学社会福祉学部 准教授
専門:介護福祉論
冒頭で黒田教授は、結婚後、長くお姑さんの介護に携わった事に触れられ、その際に高齢化社会への序章を実感した事、更に5年間の訪問看護の経験を経て、病院の看護とは全く違う看護について学んだ事が今の自分に非常な大きな影響を与えたとのお話をされました。
「今日は、そういったところも含め、『ケアのルーツから学ぶ介護のヒント』ということをお話をさせていただきたいと思います。」と述べられ、講演が始まりました。
●少子高齢化という日本の現状
団塊の世代最後の私がちょうど成人を迎えた1970年、日本の高齢化率(全人口に占める65歳以上の割合)が7%を越えて、高齢化社会に入るという兆しが見えました。それから40年経ち、2010年には高齢化率は21.7%となり、高齢化社会から超高齢化に邁進し、とうとう4人に1人以上が高齢者という時代になった訳ですね。
この高齢化社会は、団塊の世代が75歳以上の後期高齢者になり、90歳中盤辺りに差し掛かる頃がピークだろうと言われています。そんな私達の生活の中で『介護』という言葉は、日々目にしない耳にしない日が無いくらいになってきました。
加えて、子どもの数はあまり増えておらず、25年後ぐらいには生産をする15~25歳ぐらいの年齢が半減しているだろうという予測もされており、「大変な時代がこれから来るな」と思っていたのが現実になったと感じています。
●ケアのルーツを探る
フローレンス・ナイチンゲール〜その多くの能力〜
ケアのルーツはナイチンゲールの看護思想がその大きな基盤となっております。
ナイチンゲールと言えば、当時イギリス社会で3%ほどしかいなかった貴族の一員であり、クリミア戦争での献身的な看護活動が有名ですが、実はそれ以外にも、多才な能力を持ち、様々な分野で活躍しております。
例えば、統計に基づく医療衛生改革、または、病院建築や病棟管理。そしてそれらへの考察から成る150に上る著作や12000通に上る手紙があり、この中に、看護師のバイブルともいうべき有名な『看護覚え書〜Notes on Nursingノーツ・オン・ナーシング〜』や、ソーシャルワーク(社会調査)の活動を通し、後に病院建築などに大きく活かされた『病院覚え書〜Notes on Hospitalsノーツ・オン・ホスピタル〜』などがあります。
この『看護覚え書』の中で、ナイチンゲールが「ケアというものはどういうものなのか」、「『援助者』として看護とはどうあるべきか」ということを色々書いており、後に金井一薫先生が考案された『KOMIケア理論』への大きな基盤となりました。
●ケア理論に学ぶ~『KOMIケア理論』の紹介~
『KOMIケア理論』とは「Kanai Original Modern Innovationカナイ・オリジナル・モダン・イノベーション」の頭文字を取ってつけられた呼称で、金井一薫先生が、ナイチンゲールの看護思想を研究・継承し、現在の日本の状況に役立てるべく構築された、看護・介護原論のことです。
金井一薫先生はナイチンゲール看護研究所の所長で、看護学生の時からナイチンゲールに興味を持ち、彼女の著書を日本の大学だけでは飽き足らず、イギリスの大英博物館の原著まで全部読み漁る程のナイチンゲールの研究者でいらっしゃいます。
『KOMIケア理論』は、『目的論』『対象論』『疾病論』『方法論』『教育論』『管理論』『研究論』の7つの理論構成からできています。その大まかな所をご紹介します。
(1)『目的論』とは
「看護・介護とはどういうものなのか」ということで、『看護覚え書』の中の言葉より以下の2つの「ケアの目的」を取り出しています。
① ケア(看護・介護)とは人間の身体内部に宿る自然性、すなわち健康の法則(=生命の法則)が、十分にその力や機能を発揮できるように、生活過程を整えることであって、それは同時に対象者の生命力の消耗が最小となるような、あるいは生命力が高まるような最良の条件をつくることである。
② ケア(看護・介護)とは、生活にかかわるあらゆることを創造的に、健康的に整えるという援助行為を通して、小さくなった、あるいはなりつつある生命(力)の幅を広げ、または今以上の健康の増進と助長を目指して(時には死に行く過程であっても限りなく自然死に近づけることも含まれる)、その人の持てる力が最大に発揮できるようにしながら、生活の自立とその質の向上を図ることである。
また、この2つの「ケアの目的」を実践のケアに活用しやすいよう、以下の「5つのものさし」にまとめられています。
①生命の維持過程(回復過程)を促進する援助
②生命体に害を与える条件・状況を作らない援助
③生命力の消耗を最小にする援助
④生命力の幅を広げる援助
⑤持てる力・健康な力を活用し高める援助
ケアをしているとき、この「5つのものさし」を当てはめてみると、「自分が今やっているケアがぶれていないか?」という事が分かります。
(2)『対象論』とは
「ある目的を持って、ある対象に働きかける時、その目的に合わせて、その対象が持っている性質や特性を理解し、知ることであり、あるいは、その対象の性質や特性を明らかにすること」です。ケアの対象になる相手がどういう生活をしているか~日常生活をしている人間とはどういうものなのか~という事をしっかり見ようというものです。
例えば子ども・老人、男性と女性、それから文化・生活習慣など、対象によってケアの内容は、随分と違いがあります。そういったことはきちんと知ることが必要ですよね。
(3)『疾病論』とは
これもナイチンゲールの言葉からですが、以下の2つのことを述べています。
① 「病気とはどの過程をとっても回復過程(reparative process)である」
生態が一生懸命「回復しよう、元の状況に戻そう」としているその過程で色んな症状がでてきたりするので、その回復過程を私達は上手に促進できるようにバックアップしていきましょう、というものです。
② 「看護・介護は病気をケアの視点で見て、生活の処方箋を描き、生活過程を整える援助をすべきである」
『看護・介護』は、病気をケアの視点でとらえることにより、生活をどのように整えていくべきかの道筋を描き、そのプロセスを整えるような援助をしていきましょう、というものです。
また『病気をケアの視点で見つめる』には、以下の4点が必要となります。
①「人体を構成する細胞の性質・特徴・形状を把握する」
②「その病気を形成する細胞や組織の壊れ方、異常事態への陥り方を知る」
③「その細胞が壊れたとき、人体にどのような影響が出るかを知る」
④「その悪影響から人体を守ろうとする回復のシステムを知る」
対象とする人や病気によって性質は違いますから、その病気を形成する細胞や組織がどんな変遷を経て異常事態に陥っていくのか、その細胞が壊れた時に私達の身体にどんな影響が出るのか、そして、そういう悪影響から人体を守ろうとする回復のシステムにはどんなものがあるのか、そういう事を知った上で病気をケアの視点からみていこう、ということです。
(4)『方法論』とは
「ケアワーク展開の道筋を示すこと」であり、その道具として『KOMI記録システム』があります。
『KOMI記録システム』とは、『KOMIケア理論』をベースにその対象者の様々な情報を得、それをアセスメント(評価・判断)し(『現象の読み取り』と言います)、その結果に条件や状況を加味して創意工夫しながら、「どういう援助方法があるのか」、「どういうシステムが必要なのか」ということを考えていくものです。
物事を論理的に発想し、現実に結び付けて考え、道に迷ったときはもう一度理論の方に戻って、『5つのものさし』をあてて考えてみるということを展開していく『三段重箱の発想』(図1参照)となっています。
また『KOMI記録システム』には『看護・介護過程展開用紙』を用います。
その構成は、まず基本情報を集め、それをアセスメント用紙に落とし、計画を立案するという一連の流れで構成されています(図2参照)。施設や病院などを利用している際でも、「今どういう所の機能が落ちていっているのか?」ということが分かり易く、また最近ではコンピューターソフトもあり、1回入力すれば、あとは日付を変えて、変化したところだけの入力をすれば、図表で変化が一目で分かるようになるので、活用をお薦めしています。
ただ、この『KOMI記録システム』は、KOMI理論の一部である『方法論』を具体的に展開するための「ツール(道具)」であるので、「方法」のみが1人歩きすることなく、「理論との繋がりの中で理解する」ことが必要であることは、しっかりと考えていただきたいところです。
次に、実際にこの夏に遭遇した事例ですが、例えば、夏の暑い日に日向で具合が悪くなったお年寄りを介助する際、「大丈夫ですか?」とか「どうしたんですか?」などと、ついプロでも言いがちになります。ですがそれは、相手に余分に気を遣わせ、弱っている生命力を更に消耗させてしまう事になります。それよりも、こういう時には相手の状況をよく読み取り、「ここに居ちゃ駄目だから、私が手伝うから立ちましょう」と援助する側が客観的に判断して、具体的かつ的確に対処することが必要となります。
図2
また、心臓に疾患があり、主治医に余命1、2ヶ月と診断された自宅介護のお年寄りの例ですが、家族が献身的にリハビリを手伝い、食事内容も改善しながら、出来るだけコミュニケーションを持ち、食事も共に摂ることで、身体状態も改善していったという事があります。その際ご家族は、どんな小さな変化も「声に出して表現する」という事をしており、それらが介護を受ける側の生活に張り合いを持たせると共に、援助者が与える安らぎや癒しが、病気の改善にも大きく影響するという事がわかります。
●まとめと今後の予定
最後に、黒田教授は、「『KOMIケア理論』で展開していく実践の中では、『相手を気遣う、配慮する』『互いに高め合う関係性』が非常に大事であり、そこから得た『大切にされた実感や経験』は、やがてとても豊かな心を紡ぎ出します。そして『大切にされた経験』を持つ人がケアをする側になった時、とても良いケアをするようになります。今、日本は、早い、大きいという事に価値を置いていますが、私はむしろこちらに価値を置いて欲しいと願います。」と締められ、講演が終了しました。
人口の減少問題や経済成長ばかりを何かと問いただす現代社会にあって、『生活の豊かさ』とは何か、お互いに『大切にされたという実感』が持てる国を目指すにはどうするべきかを、深く考えさせられる講演でした。