【出張講座を行うことになったきっかけ】
8月上旬、本学美術学科へ1本の講座依頼の連絡が入りました。
輪島高校美術部の夏の部活動の中で、油絵を生徒に体験させたいと美術部顧問の先生から依頼を頂きました。
輪島は、1月1日に能登半島地震による大きな被害がありましたが、現在も大きな爪痕を残し、復旧はなかなか進んでいないことをニュースで見ていました。私は同じ県内に住みながらもなかなか訪れることが出来ず、何か支援を出来ることはないかと思いながらも限られたことしか出来ていないことをずっと気にかけていました。そんな思いを持ち続けている中での頂いた依頼でした。
輪島へ向かうには距離で片道125キロ、通常なら車で2時間余りで到着できる距離ですが、道中の、のと里山街道は10か所以上の工事区間があることがweb上のマップで表示され、片道3時間は掛かることが分かりました。車の往復で250km6時間がかかり、油絵制作実習が準備と片づけを入れて4時間、合計10時間の取り組みとなります。
それでも、輪島高校では、油絵をやってみたい高校生がいることを聞き、興味を持って前を向いている姿を想像すると、是非とも依頼を受けたいと思い、話がまとまりました。
【震災後の輪島に初めて向かって】
8月23日がその実施日でした。
車を輪島方面に向かわせると、地図上に出た工事区間は驚きの状態でした。例えるならまるでスケートボードの競技場のようにアップダウンと同時に曲がりくねり、地震で崩れた斜面を避けるように細い迂回路が作られています。それが10か所以上あり、スピードを抑えながら走らなければならない状態でした。
改めて地震の被害のひどさを目の当たりにしながら、輪島に入りました。
輪島高校は、輪島の被害のひどかった朝市のそばに建つ高校です。輪島に入ると、より驚きました。地震から8カ月が過ぎているのにひどい被害のままに町がそのまま残っているように思われたのです。もちろん、復興は進んで町は少しずつ落ち着きを取り戻していることも感じられましたが、それでも地震後初めて入る輪島は衝撃的な光景が広がっていました。
【はじめて体験する油絵実習】
高校に到着したのは、約束の1時ちょうどとなりました。もっと早く着く予定でしたが、想定以上に時間がかかりました。輪島高校の駐車場に車を止めると、校舎内に先生と生徒が玄関口で待ってくれていました。
「ギリギリに到着してすみません。」
声を掛けながら車を降りると、先生と3人の生徒が笑顔で迎えに来てくれました。
駐車場のアスファルトは割れて、何本もの地割れがあります。
先生と挨拶し、二人の生徒さんが荷物を持ってくれて美術室に向かいました。
校舎内はところどころ傾いて割れている箇所があります。
「足元気を付けてください。」
私がこの状況に驚きながら廊下を進む様子を見て、高校生は明るい声でこちらを気遣い言葉を掛けてくれます。
「足元に気を付けてください。」
そう声を掛けてくれる生徒さんの様子にも驚きました。
この環境の中で前を向いている姿に胸が締め付けられました。
美術室に案内され、早速美術の実習を始めました。
1年生4人と2年生1人の5人が講座を受けます。美術部顧問の先生も生徒を見守りながら一緒に参加されます。油絵を描いたことがある生徒は2年生1名だけで、描いたのは1年前に一度だけということでした。
ほとんど皆が初心者で、油絵制作に興味津々です。
油絵講座は、はじめに油絵の特徴の簡単なレクチャーから入ります。
そのあとにゴッホの10枚の作品画像から興味のある1点を選び、油絵模写を行います。
模写をテーマに実習課題に選んだ理由は、油絵初心者に3時間で達成感と油絵の魅力を感じてもらうには、モチーフを見て描く描写能力を必要とする内容より、描く技量に悩まずに油絵の特徴に興味を集中し楽しめる内容とするためです。
ゴッホのように彩度の高い色とタッチを生かして描くことで油絵独特の発色と可塑性を楽しみ、乾きが遅いことで画面で絵の具を混ぜ合わせる感覚を楽しみます。うまく再現して描くより、絵の具の感覚を楽しむことに重点を置くことを伝え、制作に臨みました。
3時間はあっという間に過ぎました。高校生のみんなは、思い思いに油絵を楽しんでくれました。
「想像以上に楽しかった!」
「油絵を自分でも描きたいので、道具を買いたい!」
講座終了後、そのような意見を生徒たちは伝えてくれました。
輪島の街を訪れ、改めて町の大変な状況を実感しました。
その中で、未来に向けて取り組む高校生や周りの先生方の姿がとても印象的に残りました。
美術を通じて、少しでも役立てたこと、私にとってもありがたい機会でした。
※写真は、輪島高校に確認していただき、許可を得た画像を使用しています。